ホワイトな空間 4                                     目次  1  2 3  5 6
「黄色の薔薇」

去年の暮れクリスマスを過ぎた頃買った薔薇の花がまだ美しさを保っている。
今日は1月18日、もう3週間以上だ。つぼみで買って徐々に開き始め、お正月、五分位の可憐な姿となり
その後も少しづつ開き続け、20本の黄色い薔薇は全部揃って今九分どうり咲いたところで止まっている。
玄関を通る度に心がポッと暖かくなるような幸せな気分になる…でもふと気がついた。

一見元気に見える薔薇たちも、くたびれ始めている。花びらの一部がしわっぽくなって水分が行き渡らなくなっている。
一気に花開いて、ビロードの感触を残したままの花びらがパラパラと散って終わっていく薔薇もあれば
この薔薇のようにギリギリの美しさを保ちながらゆっくり萎びていくものもある。

花の命とは…
「桜」

平成6年の桜は遅かった。
4月8日、神戸の桜は満開だった。そしてその朝父が息を引き取った。
寒い冬を凌ぎ、春を心待ちにしていた父は、桜の蕾がほころびかけた頃再入院、まもなく意識不明となった…
その日の明け方、私達は不思議な体験をした。
父の胸元から白い煙のようなものがゆっくりと立ち昇っている。
静かに真っ直ぐに昇っているかと思うと 不意に大きく揺らぎ…また思い直したように静かになる…
ぼんやり眺めていた私は、ふと我にかえって一緒にいた母と弟に、あの白いものは自分の錯覚かどうか聞いてみた。
二人はしばらく目を凝らしていたが、確かに白いものが立ち昇っている、気のせいじゃない…
私達は夜が白み、それが見えなくなるまで見守りつづけた。

父がいよいよとなった時、私は枕もとに立っていた。何もかも見ていたかった。
呼吸が止まる…医者達が手を尽くす…呼吸が戻ってくる… …何度も何度も繰り返される…
そしてとうとう戻ってこなくなった時、弟が「もう十分です ありがとうございました」涙ながらに医者に礼を言った。

最後の瞬間までとうとう父の体からは何も出てこなかった。
やっぱり夜が明けないうちに父はこの世界を去っていたのだと悟った。
私は涙も出なかった。看病に疲れ、父にすがって泣いている母を見た時、私は、なぜか母より悲しんではいけないと思った。

4月10日、お葬式、大きな桜の木のあるお寺で行われた。
満開の桜は、一片の花びらも散らすまいと持ちこたえていた。
告別式が進み葬列が動き出すと、かすかな風にはらはらと散り始めた花びらは、まるで天から降ってくるように
限りなく舞いつづけ、空虚な空間を埋め尽くした。

その夜、春の嵐が吹き荒れ神戸の桜は終わった。

誰もが「願わくば 桜の下にて 春死なん…」西行法師のその詩を想い、私達の記憶の中で父と桜は切り離せないものになった。
今年もまた桜の季節がやってくる。
「授業参観」

「ニャンタ君えらいわね。自分で作ったんでしょう。私見かねて手伝っちゃった。」お友達のお母さんから声をかけられた。
授業参観の日、子供たちの作ったエプロンが展示されていた。思い思いの刺繍がしてある。
「ニャンタはどんな刺繍をしたんだろう」お母さんはチョットわくわくしながらエプロンを見ていった。

あった! なんだかしわが寄っている。
よく見るとエンピツで自転車の絵が描いてあり、その線に沿ってチクチクと縫いちぢめられていて、誰が見てもひと目で
一人で作ったことのわかる作品だった。
花や野菜やキッチン用品などの絵の多い中にあってニャンタの自転車は…個性的?だった。
作品の出来栄えはともかく、一人でせっせと裁縫をしているニャンタを思うと、お母さんは思わず笑みがこぼれ、でも少し 誇らしくもあった。